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作業療法士になるには

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私のスタートライン人の人生やくらしと、ずっと関わっていたい

たすく株式会社・増子拓真さん

たすく株式会社・増子拓真さん

僕は、母親が看護師をやっていて、兄が医学部で学びました。医療系の職業には親しみがあって。でも作業療法士って、僕もわからなくて、リハビリでものを作ったりするのかなという、そのくらいの認識だったんです。高校3年になって、自分の職業を考えた時に、診察の場面だけで終わってしまう関わりではなくて、その人の人生とか、退院した後とかまでも関われる仕事ってなんだろう、と思ったんです。日常でありふれている生活って、全部作業なんだと思って、作業療法士が面白そうだ、と調べました。うちの祖父がちょうどその頃に亡くなって、その時期に人が死ぬこととかいろいろ考えたのもあるかもしれません。

そこで作業療法士を目指そうと、国際医療福祉大学に入りました。1年生の時は概論や解剖学、生理学など基本的な勉強ばかりだったので、「何をするのかな」という感じで全然わからなかった。学年が上がるとだんだん病院での実習が増えてきて。現場で働いている人に教えていただくことや実際に人と関わることがとてもおもしろかったですね。

例えば、ある病院の実習で僕が担当したのが、20代の男性で、病院の隣にある生活訓練施設に泊まりながら病院に通っていた方なんです。妄想もなかなか収まらない方だったんですが、一緒にサッカーをしたり、買い物に行ったりしていました。若い実習生と触れ合う機会もあまりないだろうと、一緒に部屋の掃除をしたりとか、体当たりで色々やりましたね(笑)。一人ひとりに歴史があってみんな異なっている、それが面白いなと。自分が関わって、少しでも相手に変化があったり、生活がいい方向に動いてくれたりするのが、楽しかったんでしょうね。

卒業前の実習は、自ら選んで6週間精神科の病院に行きました。そこで退院までの流れや、退院後の生活支援の仕方などを学びました。僕達にできることってほんの小さなことしかなくて、でもそこにやりがいのようなものを感じました。それで就職も精神科の病院にしたんです。3年働いて、いろいろと学び、考えていく中で、子どもの発達支援に興味が出てきました。精神科で働いていると、20歳過ぎになって学校は卒業したけど社会生活がうまくいかない自閉症や発達障害の人が来ることが多かったんです。幼少期から一貫して関わるような支援体制もありませんでしたしね。なんとか一貫性をもった支援が築けないか、子どものうちから縦断的に関わっていけないか、と考えたんです。また、公的機関の枠の中で収まらない支援やスピード感のようなものを求めて民間の支援機関を探しました。それが今働いている「たすく株式会社」との出会いです。

発達障害は、感覚の問題が大きいと言われているんです。たとえば自閉症児によく見られる「感覚過敏」などもそうですが、脳の前庭覚とか触覚などの身体の感覚がうまく調整できない子どもが多く見られます。僕たち作業療法士は、そこに関わることが得意なんです。たすく株式会社では、身体の不器用さや感覚調整に対する運動的なアプローチを行っています。不器用さや身体の使い方の不自然さは、学習の態度や姿勢にも影響しています。それが、ひいては発達全体に影響するのです。こうした観点から見ることができる作業療法士は、発達の分野でも必要とされています。たすく株式会社では、教育分野の方や、臨床心理士、そして僕たち作業療法士が、トータルでアセスメントをして支援をしています。

子どもと関わっていて、子どもにちょっとした変化があったり、あるいは今までできなかったことができるようになった時、お母さんが「ああ、こういうことだから、できるようになったんですね」と理解し、納得し、頭の中でつながってくれたことがわかる時があって、それが嬉しいですね。異動があったり、3年なら3年で終わってしまう学校教育とも違って、一人の子どもとずっと関われることも嬉しいですし、また様々なケースに触れることができるのも、とても刺激になっています。民間として、どう利益や社会貢献を考えていくかという視点も、公的な機関や病院の中ではあまり感じることができないものだと考えています。

たすく株式会社・増子拓真さん

■施設情報
たすく株式会社
〒248-0014 神奈川県鎌倉市由比ガ浜2丁目23-15
電話:0467-23-2156
メール:info@tasuc.com

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