Opera20号
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アナウンサーは喜びを倍に悲しみを半分にする仕事秒過ぎたら放送事故なのですが。黙っていたというか、言葉が出なかった。言葉にならない言葉にも力があると、その時に教わったのです。つまり、聞いている相手は間がなかったら入り込む隙間がないでしょ。だからその時に、意識して沈黙することは、すごく大事なのかなと思ったんです。インタビューするときも、面と向かうとお互いに意識し合いますので、そういう時は隣に座ってもらい、マイクも正面から相手に突き付けるのではなく、傍らからそっと差し出すような感じにします。相手に違和感、威圧感を与えないことは、とても大事です。視線は、相手の眼ばかり見ていると、視線をそらした時に、「この人の話はつまんないと思っている」と思われがちなので、なんとなく口を見ています。そうするともうちょっとしゃべりたいと思っているとか、もうそろそろ話は終わりかなというのがよくわかります。とにかく、なるべく威圧感を与えないということは大事です。だから存在を消してしまうのです。僕は、よくアナウンサーは「存在感ある黒子」と言っているんです。黒子がいることによって番組がスムーズに行くことは必要ですが、黒子がやたらと目立つのもよくない。まったく姿が消えていてもよくないので、そのさじ加減が大切です。●作業療法もそうです。患者さんに自分で考える力をどうやって養うかが究極的な問題です。できなかったり、できたりしたことを、なぜできたか、なぜできなかったかということを一緒に経験しながら、僕らが答えを出すのではなくて、患者さん自身が自分はこうしたいんだということに気づいていくことが大切です。もちろん何通りもの答えを用意しておきますが、それが出てこないときは、ちょっと気づかせるような役割なのです。肩をそっと押すぐらいの感じ。まさに黒子です。そうすると患者さんは「俺が全部自分で考えて、俺はこれだけできるようになった」というのです。若い時はそれができなくて答えをばんばん与えてしまう。患者さんは病院でできたつもりでいても、ご自宅に帰り、状況が変わるとまったく勝手が異なりなります。答えばかりもらっているとどうしたらいいのか全然わからなくなってしまいます。●大学3年生のとき、大学の先輩のアナウンサーに会いに行って「アナウンサーの魅力はなんですか」と聞いたら、「人の喜びを倍にして、哀しみを半分に減らすことだ」と言われました。その言葉がただ頭の中を通り過ぎていっただけならそのままですが、僕の場合は、すーっと入ってきました。それまでアナウンサーになろうなんてこれっぽっちも思っていなかったのですがそういう仕事ができるのなら、やりたいと直感で思って、アナウンサーの試験を受けて結果的に受かったわけです。しかし、いいなと思ったけど、それがどういうことかがわからない。人の気  持ちに寄り添おうとしたとたん、その時点でもうわざとらしいわけですから、どう感じるかです。ラジオの番組をやるようになって、リスナーから毎日毎日、いろんな喜びや哀しみのお便りを読みながら、数を重ねていく中で、一緒に共感するわけです。ラジオのお便りは、生放送だから、事前に下読みができないのです。毎回来るお便りは目を通せませんから、読みながら、「えっそうなんだ」「こんなことがあったんだ」「よかったね」と口に出して言わなくても、声の調子が変わるわけです。具体的な例で言いますと『最初の子どもを亡くし…』、と読んだんです。その時点で、(えっ)と思うじゃないですか。『その後、また赤ちゃんを授りました』(よかったね)『でもまたその子も亡くしてしまいました』(えーっ)と思うでしょ。その都度声のトーンが変わっていくわけです。つまり彼女は立て続けに2人のお子さんを亡くして、笑うことも忘れて、ラジオのスイッチを消すのも忘れて、なんとなくラジオを聴いていたそうです。そうしたら、ラジオから村上の声が聞こえて、あるご夫婦が奈良公園に鹿を見に行ったとき、奥様が鹿に頭突きをされたのですが、夫は奥様をほったらかJAPANESE ASSOCIATION OF OCCUPATIONAL THERAPISTS 4相手に威圧感を与えてしまうマイクの持ち方

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