OTのスゴ技(作業療法士)

「さかだん」での暮らしを、もっと便利に、快適に

OTのスゴ技

福祉用具

国際医療福祉大学・北島栄二さん
 「坂の多い町」長崎。高度経済成長時代にできあがった長崎ならではの風景に、今急速に高齢化の波が押し寄せている。「坂や階段のある暮らし」を守り、少しでも快適に過ごしてもらうために、作業療法士の視点が活きる。

「さかだん」での暮らしを、もっと便利に、快適に

 長崎県長崎市。多くの観光客を集める長崎新地中華街あたりから南東の方角を眺めると、急に小山のような丘が見える。さらに目を凝らすと、その丘の斜面に、びっしりと家が立ち並んでいるのがわかる。「地元の人は『さかだん』と呼んでいるんです」と話すのは、作業療法士の北島栄二さん。「坂」と「階段」が連続するこの風景は、高度経済成長時代、海側の平地が事業所や行政の施設で専有され、住むところがなくなった人たちがやむなく丘陵の斜面に移り住むことで生まれた。近年では地域全体の高齢化が進み、観光客にとっては美しい風景となる「さかだん」も、住民たちにとっては、買い物や通勤・通学の大きな妨げとなっている。

 「さかだん」の移動を支援する手段として、エスカレーターや簡易型のリフトが設置されている箇所もあるが、どちらも大規模な工事が必要で、設置にもメンテナンスにも費用がかかる。また多くの坂や階段は狭く、人が行き交うのもやっとで、こうした設備を設置するスペースの余裕はないことがほとんどだ。斜面に毛細血管のように張り巡らされた「さかだん」の移動支援手段としては難しい面がある。そのためこの地域では、デイサービスに通う高齢者や障害者をおんぶして、車が入れる通りまで送迎するサービスを行う法人があるほどだ。それほど高齢者や障害者にとって「さかだん」の移動は大変なのだ。2015年、北島さんが当時在籍していた長崎大学産学官連携戦略本部で「電動手すり」の試験設置を実施した。それは、長崎市の「さかだん」の持つ課題に対して、研究者と企業が共同で取り組んだ結果だ。

 「電動手すり」は、北島さんが地元企業と共同開発した装置だ。多くの坂や階段には、手すりとなるガードパイプがすでに設置されているが、そのガードパイプを活用し、レールをつける。そのレールの上を電動で動く手すりをつかみながら階段を昇り降りすることで、高齢者や軽度の障害のある人でも、スムーズに移動できるようになる。手すりには感圧式のスイッチが取り付けられ、手すりを握れば動き出し、離せば止まる。「さかだん」の中の町の一つ、十人町の住民の協力のもと、2015年に実証実験が行われた。

 設置に際して北島さんはまず、設置予定の階段を昇り降りする人たちの観察からはじめた。すると、多様な人たちが多様なやり方で移動していることがわかってきた。「杖を突きながらガードパイプにつかまって降りる高齢者が、雨が降っているのに傘をさすことができず、濡れたまま降りていたり、両手に荷物を持ち、赤ちゃんを前に抱えて昇っていくお母さんがいたり、ショッピングカートを引きずりながら階段を昇る女性がいたり。高齢者や障害者のためだけではなく、こうした人たちにとっても支援となるものをつくらないと、と感じました」。手すりの下部を、荷物を下げられるようにフック状にした工夫は、こうした観察から生まれた。「たとえ電動手すりに頼らなくても階段を昇り降りすることができる人でも、荷物が多いときに使うことができる。誰か特定の人のための装置ではなく、そこを通るみんなにとって役立つ装置にしたかったんです」。人の暮らしから支援を考える作業療法士ならではの視点が、そこには活かされている。

 また、ガードパイプの高さがまちまちであるため、それに沿って設置される電動手すりも、昇り降りする間に高さが変わる。実証実験を通じて測定を繰り返し、最適な肩関節の角度を保つための手すりの形状について検証することにも、北島さんの作業療法士としての知識・経験が活きている。実証実験を行い、住民と意見を交換し改善を繰り返すことで、十人町の住民の間にも「電動手すりは必要」との意識が広がり、実験終了後も設置を継続することが決まっただけでなく、さらにもう一箇所の階段にも設置することになった。

 「はじめは住民のみなさんの間にも『手すりが動いて何の役に立つのか。結局自分の足で歩かなきゃいけないんだろう』と言う声がありました。でも実際に設置して使っていただく中で、自力で移動できることの大切さ、電動手すりがそれを支援していることが次第に理解・浸透していったように思います」と北島さん。「さかだん」の住民の暮らしを見つめ、そこから支える方法を考える。移動支援装置のあり方にも、作業療法士の視点が活かされている。

雪や雨など、悪天候の中でも使うことができる。「さかだん」

雪や雨など、悪天候の中でも使うことができる。

■施設情報
国際医療福祉大学 福岡保健医療学部
〒831-8501 福岡県大川市榎津137-1
電話:0944-89-2000