はたらくことは、いきること

eスポーツで、障害者に新しい「参加」のきっかけを

はたらくことはいきること

障害者スポーツ

独立行政法人 国立病院機構 八雲病院
 ネットワーク上に人が集まりゲームで競い合う「eスポーツ」。作業療法士の視点で見ると、そこには障害者の新しい「参加」のかたちが見えてくる。

eスポーツで、障害者に新しい「参加」のきっかけを

 「お、もう少し」、「そこ、がんばれ!」。リハビリテーション室に響く声。電動車いすに乗った青年たちが、自分の斜め上に設置されたモニターを見つめながら、声を掛け合っている。モニターの中に映し出されているのは、ゲームの画面。彼らは今、ネットゲームを楽しんでいるのだ。プレーしている「League of Legends(リーグ・オブ・レジェンド)」は、5人が一つのチームになり協力して、敵陣の奥にある塔をどちらが先に破壊するかを競い合うゲーム。ネットワーク対戦が基本で、今も、相手チームはもちろん、自チームのうち2人は、顔も知らない、名前もハンドルネーム(ゲーム上の名前)しか知らないユーザーだ。「一緒に戦っている人も、僕らに障害があるなんてわからないでしょうね」とプレイヤーの一人は言う。健常者と比較しても遜色ないどころか、それ以上の腕前を持つ人も少なくないという。

 北海道二海郡八雲町の国立病院機構八雲病院は、筋ジストロフィーや脊髄性筋萎縮症といった小児期に発症する神経筋疾患の専門病院だ。八雲病院ではリハビリテーションに「eスポーツ」と呼ばれる、ネットワーク対戦型ゲームを取り入れている。作業療法士の田中栄一さんは、幼少期から入院生活を送る重度身体障害者のなかにゲームを趣味とする人が多いことは知っていた。以前から、障害の状態によってはコントローラーやキーボードが使えない、使いにくいという人のために、作業療法士として、自助具(自分で、身の回りの動作を行いやすいように特別に工夫された道具)などを作ったりしてゲームを楽しめる環境を整えてきた。

 さらに近年、「eスポーツ」が注目を集めるようになった。障害者とeスポーツの組み合わせがもつ可能性に着目した田中さんたちは、院内にeスポーツのチームを作った。「同じ病院にいても、病室が異なると意外と接点がないんです。eスポーツでつながって、新しいコミュニティが生まれました」と話す田中さん。そのコミュニティの性格もユニークだという。「障害者って、普段競い合うことがない。eスポーツは競技ですから、勝ったり負けたりしますし、時には仲間同士でちょっと激しいやり取りもあったりする。そうしたいわば『部活動』のようなコミュニケーションって、なかなかもてないので新鮮でした」。eスポーツの取り組みは広がって、イベントなどで健常者のチームと対戦するようにもなった。2019年の茨城国体では、文化プログラムとしてeスポーツの選手権が行われるようになり、競技として市民権を得るようになったが、ルール上自助具などの使用に制限がある現状では、障害者の参加にはいまだハードルがある。

 eスポーツチームの主要メンバーの一人、吉成さんは「僕はゲームに救われたんです」と話す。「僕は進行性の病気です。健常者は、スポーツなど趣味を通じて、上達したり、成長したりといった達成感を得ることができますね。ところが僕たちは、徐々に筋力が衰え、動かせる体の部位も少なくなり、できないことが増えていく。でもゲームなら、今の自分を改善して、上手くなることができる。そういう機会って、僕のような病気の人間には数少ないんです。だから、ゲームは僕のライフワークです」。もう一人の主要メンバーである新井海斗さんも「小さいころ託児所にいて、そこは僕以外は健常者だったんです。なかなか友達ができずつらい思いをしていたのですが、ある日『ポケモン』で遊んでいたら、そばにいた子が反応してくれて、そこから仲良くなっていきました。ゲームがなければ、人見知りのままでした」と話してくれた。

 田中さんは作業療法士として、ゲームという活動を通して、彼らがコミュニティに参画し、社会とつながるきっかけを作りたいという。「医療技術が進み、彼らのような進行性の疾患の人たちも、昔と比べてずっと長く生きることができるようになりました。そうすると今度は、学校を卒業した後にすることがなくなり、単なる『患者』になってしまう、という課題が出てきた」。「自分に何ができるか」、「自分が他人に求められているものはなにか」をしっかりと把握することで、社会やコミュニティの中での「役割」を持ってほしいと願っている。「彼らの持っているゲームの知識や技術は、ゲームコミュニティの中で求められているもの。これをきっかけにして、さまざまな『かかわり』を持ってもらいたい」と田中さんは話す。「ゲーム、つまり『活動』を支援するだけでなく、それをきっかけにして社会やコミュニティへの『参加』を促すためになにができるのかを考えることも、作業療法士には求められているのではないでしょうか」。eスポーツをきっかけに、社会に参加し、役割を果たす。それが障害者の生きがいにつながる。その環境を整えるために、作業療法士の視点が生かされている。

視線の動きを利用したデバイス

手の力が弱い人でもゲームへ参加できるようにするのも作業療法士の仕事だ。たとえば視線の動きを利用したデバイスを使い、ゲームができるようにする。

■施設情報
独立行政法人 国立病院機構 八雲病院
〒049-3116 北海道二海郡八雲町宮園町
電話:0137-63-2126

■ゲームやろうぜProject
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