はたらくことは、いきること

誰だって、きれいな髪で、さっぱりと暮らしたい

はたらくことはいきること

生活環境

高齢者

兵庫医科大学ささやま医療センター リハビリテーション室・山下妙子さん
 「髪を切る」ことは、単に清潔にしておくというだけでなく、日々の暮らしに区切りを与え、気分をリフレッシュさせてくれる。寝たきりで自宅で暮らす高齢者や障害者であっても、そうした「髪を切る」ことのもつ意味は変わらないはずだ。高齢者・障害者の自宅に理美容師が訪問する事業を支える作業療法士の姿を追った。

誰だって、きれいな髪で、さっぱりと暮らしたい

 在宅で、多くの時間をベッドの上で過ごす高齢者や障害者にとって、伸びてくる髪の毛をどうするかは、少し厄介な課題となる。少しでも動ける人は、家族など人の手を借りながら美容院に行ったり、あるいは病院・施設で提供される利用サービスなどを利用することができる。しかし、動けない人の場合、多くは家族が自分の手でカットするか、あるいはそのままにしておかざるを得ない。食事やトイレ、入浴などと異なり、髪の毛はある程度そのままにしておいても大きな問題にはならないため、どうしても優先順位が下がってしまう。しかし散髪し髪型を整えることで気持ちがフレッシュになり、毎日の生活に張りが生まれ障害者や高齢者が生き生きとしてくることもまた、訪問介護や訪問看護の現場で言われていることだ。

 兵庫県篠山市では、2018年度から自宅で理容店や美容店の散髪やカットのサービスが受けられるよう、理容店・美容店の出張費を助成する事業を始めた。理美容師の出張費を市が負担し、実際の理美容サービスにかかった費用については利用者が負担する。自分の足で店に行くのと同じ費用負担で、出張が利用できるというものだ。利用できる店舗は、あらかじめ登録されている「サービス提供店」に限られる。この事業の開始に先立って、市内の理美容師のなかから希望者を募り、事前講習会を行った。その講師として招聘されたのが、篠山市内の「兵庫医科大学ささやま医療センター」で作業療法士として働く、山下妙子さんだ。山下さんは作業療法士の立場から、自宅を訪問し寝たきりの状態にある人の髪の毛を切るときに必要となる様々な工夫や考え方を伝えた。

 美理理美容師が高齢者・障害者に利用行為を行うときに課題となるのは、姿勢、つまり「体位」だと、山下さんは言う。「理美容師さんはプロですから、ある程度対象者の髪に触れる状態にもっていければ、カットはできます。しかし完全に寝たきりの人の場合、例えば後頭部など常に寝具と接している部分の髪の毛をどうやって切っていくのかが大きな課題になるのです」。そこで必要になるのが、体を起こし、髪を切る間その状態を維持することだが、ここにも課題がある。「市では、リスクやトラブルを避ける意味でも、対象者の体位変換を理美容師が行わないようにとガイドラインを定めています。ですから家族、あるいは同席している訪問看護師、訪問介護士に、体位を変えてもらうことになります。理美容師さんには、彼ら支援者に、自分がカットしやすいような状態を作ってもらうための上手な『お願い』の仕方を知ってもらう必要があります」。また、病院でも施設でもない「自宅」であるために、ベッドがリクライニングしないなど、設備面で不足があることも多く、そうした状況への対応も伝える。「私が在宅での支援をする際によくお伝えしているのは『そこにあるものを使う』ということ。どこの自宅にでもあるクッションやまくらなどを上手に使って、体位を保つ方法などをお伝えしますが、大事なのは、そこにあるものでなんとか工夫をするための考え方だと思っています」と山下さん。

 今回の事業において、生活全体を見つめる作業療法の視点が、「髪を切り整える」という理美容師の専門性を支援するという形で役立ったという山下さん。互いに異なる専門性を活かしながら手を結ぶことで、自宅という「生活の場」で過ごす人たちの暮らしをより良いものにしていく。作業療法は私たちの生活の様々な場面で活かされている。

■施設情報
兵庫医科大学ささやま医療センター
〒669-2321 兵庫県篠山市 黒岡5
電話:079-552-1181(代表)