はたらくことは、いきること

「住まい」から地域につなげる、暮らしを作る

はたらくことはいきること

生活環境

訪問看護ステーションKAZOC・渡邊乾さん
 東京・池袋で、路上生活者の地域生活再建を支援している作業療法士がいる。「訪問看護ステーションKAZOC(かぞっく)」では、6人の作業療法士が、看護師やソーシャルワーカーとともに、およそ40人の、路上生活経験者に対して訪問看護を行っている。路上生活経験者の地域での「暮らしづくり」を支える作業療法士の姿を追った。

「住まい」から地域につなげる、暮らしを作る

写真提供:訪問家族ステーションKAZOC

 「海外の調査データなどで明らかなのですが、路上生活者の中には、かなり高い割合で精神障害、知的障害のある人がいるのです。」と話すのは、「KAZOC」代表の渡邊乾さん。池袋地域では、2003年からいくつかの団体が連携して路上生活者支援を行う取り組みが行われてきたが、2008年~2009年に池袋地域の路上生活者の実態について調査研究を行った結果、やはり約半数が精神障害者、知的障害を持っているという結果を得た。

 日本の路上生活者支援は、まずは集団施設に入り、生活訓練や就労支援など「暮らしていくためのスキルを身につける」ことを支援し、それができてから地域生活へと移行していくステップアップ型が多い。それに対して、アメリカで1990年代から提唱されてきた「ハウジングファースト」は、まず「住まい」を提供し、地域での生活を送りながら、暮らしや仕事などの支援を受けるという考え方を取る。

 そこで2010年から「ハウジングファースト東京プロジェクト」を結成し、まず「住まい」を提供するという「ハウジングファースト」の支援スタイルに取り組みはじめた。「ハウジングファースト東京プロジェクト」では、7団体が連携しながら、公園などでの炊き出しや、必要な人への医療提供、路上から一時的に移行するシェルター、グループホームの提供、福祉サービスへとつなげるソーシャルワークなど、さまざまな角度から支援の手を差し伸べている。「KAZOC」は、構成団体の1つとして、地域生活を送る路上生活経験者の中で、アルコール依存症や重度の統合失調症など、継続した医療的支援が必要な人に対して訪問看護を行う。「訪問看護では、その人の生活の場に出向いていく。地域生活を支えるためには、とても大切な機能だと思います」(渡邊さん)。

 渡邊さんが、支援を行ううえで「生活の場」を大切なものであると考えていることがわかるのが、50代の男性利用者のエピソードだ。もともと路上生活をしていたこの利用者は、「東京プロジェクト」のシェルターからアパートに移り生活していたが、重度のアルコール依存症であることから医療的ケアが必要と医師から判断され、KAZOCの訪問看護を受けることになった。「はじめは私たちの訪問を拒否していたのですが、ある時上腕を骨折してしまい、入院せざるを得なくなってしまいました。入院中からしっかりと支援をしようと決めて関わったことで信頼が深まり、次第に訪問を受け入れてくれました」。訪問してみると、どうしても飲酒がやめられないという。「そこで私たちは、彼の家でホームパーティーなどのさまざまなレクリーエーションの機会を持つことにしたんです」。利用者宅にホットプレートを持ち込み、仲間たちと焼肉やたこ焼きパーティーをしばしば開くと、利用者も、その場ではお酒を飲むことなく、パーティーを楽しんだという。「一人になると、どうしてもアルコールに手が伸びてしまう。でもみんなで食事をすることで、家の中で、お酒に頼らなくてもいい時間を作ることができた」。

 また、地域の中にこの利用者の居場所を作ろうと、中野にある、元路上生活者の働くカフェに男性利用者を連れて行った。「お客さんとしての関わりだと、居場所にならないんです。でもこの方は、接客や焙煎など本格的な仕事は難しかった。そこで、店内に生花を飾る手伝いをしてもらったのです」。

 訪問看護で支援を続けたものの、結局この利用者はなかなか飲酒をやめることができず、体の状態が悪化してしまう。しかし、いよいよ生命の危機にまで悪化した時、自ら精神科に行き、抗酒剤を飲み始めたのだという。「生きたい、という気持ちが出てきたのだと思います。早い段階で半ば強制的に入院させれば、病院で抗酒剤を飲むことになる。強制的に飲ませることと、自発的に飲みたい気持ちを支えてあげること、ゴールは同じだけど、プロセスが違う。私はこのプロセスの違いが、とても大切だと思っています」(渡邊さん)。

 「その人にとって、自宅をどのような場にするのか、あるいは、カフェでどのような役割を持ってもらえば、その人にとってカフェがコミュニティになるのか。そういう視点は作業療法士ならではのものです。地域での生活がそのままリハビリテーションの場となる『ハウジングファースト』には、作業療法士の視点が必要だと考えています」と渡邊さん。地域で暮らしながら、地域がそのままリハビリテーションの場となり、そこに居場所を得ていく。路上生活経験者の生活支援のために、作業療法士の視点がこれからますます必要になってくるのではないだろうか。

ハウジングファースト

写真提供:訪問家族ステーションKAZOC

■施設情報
訪問看護ステーションKAZOC(かぞっく)
〒178-0062 東京都練馬区大泉町2-52-20

訪問看護ステーションKAZOC池袋サテライト
〒171-0043 東京都豊島区要町1-28-20
電話:03-5935-4944(代表)