はたらくことは、いきること

体と心の痛みを取り、最期までその人らしいくらしを支える

はたらくことはいきること

終末期医療

かとう内科並木通り診療所・内田有紀さんと、終末期医療
終末期医療におけるリハビリテーションには、いったいどんな役割があるのだろうか。回復することだけを目指すのではなく、患者の「その人らしさ」を、最後まで支える作業療法士の関わりを追った。

体と心の痛みを取り、最期までその人らしいくらしを支える

患者の思いを聞き、どのような作業が「その人らしさ」を引き出すのかを考える

 岡山県岡山市のかとう内科並木通り診療所は、「終末期」の患者に対して、緩和ケア、リハビリテーションを行っている。「終末期」の定義にはいくつかあるが、おおむね①医師が、客観的な情報を基に、治療によって病気の回復が期待できないと判断していること、②複数の医療関係者、本人、親族がそのことを納得していること、の2点が条件になる。かとう内科並木通り診療所では、そうした「終末期」の患者に対して、入院はもちろんだが、在宅医療も行っており、「自宅で最期を迎える」ことを支えているのも特徴だ。同診療所で作業療法士として働く内田有紀さんは、終末期の患者に作業療法士として向き合うことの難しさをこう語る。「やはり最初は、戸惑いがありました。患者さんに向けて、なにをどうすればいいのか、わからなかった」。しかし次第に、作業療法士として培ってきた経験、たとえば患者の家族関係や生活の状況を把握・評価し、患者との関わりに活かしていくことが、終末期リハビリテーションにも活用できるとわかってきた。

 内田さんが「一番印象に残っている」と話してくれたのは、数年前に担当した、50歳代・女性でリウマチ、全般性不安神経障害を伴う膵臓癌患者のエピソードだった。「ここに来た当初は、ご本人も旦那さんも『まだよくなる。歩けるようになる』と意欲的でした」。しかし次第に病気が進行してくると、状況は変わってくる。「自分の体が思うように動かなくなってきたことは、本人が一番よくわかる。一方で旦那さんは『まだどうにかすれば、よくなるのではないか』という思いが残っている」。夫婦の意識の「ズレ」が内田さんにもよく分かるようになったのは、患者と内田さん、そして担当の看護師3人で「女子会」をするようになってからだという。「リハビリテーションの時間に、病院の屋上庭園で話をするようにしたんです」。屋外活動の一環として行っていた庭園での散歩が、いつしか自然体で話ができる環境にもなった。特にテーマを決めずに話をしたが、しばらくして、患者の口から、夫に対する気持ちが吐露されるようになったという。気持ちを表現できる場所を得た患者は、「良くならなくてはいけない」というプレッシャーから開放され、楽になったように見えたという。御夫婦それぞれの時間を設け、気軽に話ができる場を設定したことで、患者が自分の不満や不安を話し出す。それに対して意見やアドバイスをするのではなく、傾聴することで、患者の不安は軽くなっていく。内田さんは、体をさするなどして身体に触れ、傾聴することにより心に寄り添い心身の苦痛を緩和することで、作業療法士としての自分の役割を果たすことができているのではないか、と感じているという。

 「終末期リハビリテーションにおいて、作業療法士の役割は非常に大切です」と話すのは、かとう内科並木通り診療所の加藤恒夫院長。終末期リハビリテーションに作業療法士は欠かせないと、緩和ケア部門を立ち上げる際に自ら作業療法士に来てもらったのだという。「私たちでは『家庭医療』を理念としています。病気そのものだけではなく、患者も、家族も、まとめて医療・ケアの対象にする。その時、人を『生活』という視点から見ることができる、作業療法士という役割が必要なのです」。また体と心、二つの痛みにアプローチできるのも、終末期医療において作業療法士が必要な理由だ。「体と心はつながっている。体の痛みを取れば、不安が安らぐことも多い。終末期リハビリテーションにおいて作業療法士が患者の体をさすったりすることには、重要な意味があるんです。患者の体に触れ、体の痛みをやわらげながら、同時に患者の心にも触れていく。その時間が一番長い作業療法士が、患者の信頼を一番得やすいのです」。

 日本における終末期リハビリテーションの実践と研究を長年行ってきた、千葉県立保健医療大学健康科学部リハビリテーション学科准教授の安部能成さんは「終末期においては、患者ができることはどんどん少なくなっていく。その中で、いかに生活の質を保つのか。また機能低下を納得していただくのか。これが終末期リハビリテーションのめざすところです」と話す。また、終末期医療に携わる者は、「体の痛み」と「心の痛み」という、二つの「痛み」と向き合わなくてならないという。「体の痛みは、医者の処方する薬や医療的な処置などで緩和できます。もう一つの痛み、心の痛みにどのように向き合うのかが、終末期医療の大きな課題です」と安部さんは言う。

 「死」を前にした人間が持つ恐れや不安。こうした心の痛みをやわらげる「スピリチュアル・ケア」は、終末期医療に特有の考え方だ。患者の生活歴や家庭環境など、患者の暮らしを見つめ、評価できる作業療法士だからこそ、終末期の患者の「心の痛み」をやわらげることができる。

訪問リハビリテーションでは、時には一緒に農作業を行うこともある

訪問リハビリテーションでは、時には一緒に農作業を行うこともある

■施設情報
かとう内科並木通り診療所
〒702-8058
岡山県岡山市南区並木町2-27-5
電話:086-264-8855(代表)