はたらくことは、いきること

この声が、いまの自分の声なんです

はたらくことはいきること

福祉用具

東京都立神経病院・本間武蔵さんと、「マイボイス」ユーザー
ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者にとって、人工呼吸器装着の「その後の人生」をどう生きることができるのかは、大きな課題だ。「声」をテーマに、ALS患者のその人らしい生き方を支援する作業療法士の姿を追った。

この声が、いまの自分の声なんです

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、神経難病の一種で、原因は不明、有効な治療法もまだ見つかっていない。次第に呼吸に必要な筋肉が動かなくなってくるため、病状が進行したある時点から、気管を切開し人工呼吸器を装着しなくてはならなくなる。人によって異なるが、発症してからおよそ3~4年で、患者とその家族は人工呼吸器をつけるかどうかの選択を迫られる。気管切開がもたらす負担の中でも、患者にとって象徴的なのは「声が出なくなる」ことだ。「自分の声で話せなくなるくらいなら」と、気管切開を望まない患者も多いという。近年では医療技術も進み、気管切開後の人生をどのように組み立て、生きていくのかを考えることができる時代になってきた。しかしこうした負担の大きさもあって、気管切開をためらう人も、まだまだ少なくないのが現状だ。

 気管切開後の人生を豊かに、その人らしく生きてもらうために、「声」の課題に作業療法士ならではの視点で取り組んでいるのが、東京都立神経病院の作業療法士・本間武蔵さんだ。本間さんは「マイボイス」というソフトウェアの開発を通じ、気管切開をしたALS患者に、自分の声で話すことを続けてもらう取り組みをしている。「マイボイス」は、気管切開をする前の段階でALS患者の声を録音しておき、気管切開後は、パソコンの音声読み上げ機能と連動させ、録音しておいた声を再生することで、「その人の声」で話すことができる、というソフトウェアだ。ALS患者は、パソコンのメールや音声読み上げ機能を使うことで、かなり病状が進行しても、意思表示ができる。キーボードが使えなくなればマウスで、マウスが使えなくなれば視線入力で、視線入力が使えなくなっても、かすかに動く指先や頬の筋肉の動きを感知することで、パソコンを使うことができる。まさに「機械的」なコンピューターの声ではなく、「マイボイス」のその人の声で読み上げができれば、寝たきりの状態であっても、その人の声で話しかけることができるのだ。

 「マイボイス」ユーザーの一人、須加原玲さんに話を聞いた。「マイボイスを使うのは、パソコンの画面のそばにいない人を呼ぶときと、自分の気持ちや意見を伝えたいときです。どうしても伝えたいことは、自分の声に出して言いたい。本当に『しょうもないこと』も多いですけれど」。実は須加原さんは、気管切開をするかどうか、迷っていたのだという。「声をなくすことがどういうことになるのか、具体的にイメージできなかったんです」。しかし本間さんとの出会いがあり、半ば強引に導かれるような形で「マイボイス」の収録に参加した。今は気管切開をしてよかったと思っている。「病気になる前の自分を知らない人がこの声を聞くと喜んでくれるんです。これが自分の声なんです」。もちろん、課題もある。コミュニケーションはタイミングも重要だが、パソコンとマイボイスの組み合わせだと、どうしてもズレが出てしまう。「このタイミング、というところで声を出すのは難しいですね」。でも「声に出すと伝わりやすさは増すと思います」。須加原さん、文章だけだとどうしても直接的な言い回しになってしまい、「怒っているのでは」ととらえられてしまいがちなのだという。

 「マイボイス」を使って「その人」を再現できるのは、声だけではない。プロのマリンバ奏者である針生惇さん。ALSに罹患し、以前のようにマリンバを弾くことができなくなってしまった。本間さんはマイボイスの考え方を応用し、肉声の「あ」「い」「う」に代わって、針生さんに一音一音マリンバで「ド」「レ」「ミ」を弾いてもらった音を録音し、バチが軽くセンサーに触れるたびに、演奏する曲の楽譜に書かれている音符順に、録音された音が1音ずつ再生されるようにした。これなら、今の針生さんであっても、曲を演奏することができる。今は、ALSの患者会などで、バイオリニストの奥様との共演を披露している。

 気管切開を「はじまり」と捉え、その後の人生を生きていくために必要なのは、どんな人生になるのか、なにを楽しみ、なにを生きがいとして生きていくのか、そのビジョンが見えるということだろう。言葉も失い、次第に意思表示の手段を失っていく状況の中で、そのビジョンが見えなければ、生きていく必要がない、と考えてしまうのも無理はない。「マイボイス」をはじめとする本間さんの支援は、そのビジョンを一緒に考え、作っていくためのものだ。本間さんは言う。「ALSの支援は、その人がどう『生ききる』ことができるのかを一緒に考え、支えていくことだと思っています」。その人らしく、生ききるために。本間さんの支援は続く。

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■施設情報
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