はたらくことは、いきること

「本当のニーズ」に出会う現場、訪問リハビリテーション

はたらくことはいきること

生活環境

地域包括ケアシステム

在宅総合ケアセンター元浅草 澤潟(おもだか)昌樹さん、奈良 恵美さん
 作業療法士が自宅を訪問し、その人の暮らしをより「その人らしい」ものにするための支援を行う「訪問リハビリテーション」。「暮らしの現場」でその人のニーズを引き出す、作業療法士の本領が試される。訪問リハビリテーションの現場とそこで働く作業療法士の姿を見てきた。

「本当のニーズ」に出会う現場、訪問リハビリテーション

利用者と一緒にベッド周囲の整頓をし、清掃用の粘着テープで糸くずを取っているところ

 東京都台東区にある「在宅総合ケアセンター元浅草」では、11人の作業療法士が在籍し、うち8名が訪問リハビリテーションを担当している。毎月の訪問件数は1400件程度。1人が1日におよそ6~7件のお宅を訪問するのだという。台東区内を中心に、千代田区、文京区など、センターから半径3キロメートル内の地域を訪問対象としている。地域内には、浅草・上野といった下町気質あふれる地域や、谷中・根津といった昔ながらの落ち着いた文教地区などがあり、地域性が強いだけでなく、その地域性もバラエティにも富んでいる。副センター長の澤潟(おもだか)昌樹さんは「下町気質で、お隣同士の関係性が強い地域です。一度入り込むことができれば、とてもやりやすいけれど、お祭りや行事などその地域の文化を知らないと、仕事にならない」という。在宅総合ケアセンター元浅草では、地域活動にも積極的に参加し、地元の神社「鳥越神社」の例大祭「鳥越祭」では、ハッピを着て神輿を担いだりもしている。

 近年、訪問リハビリテーションが注目を集める背景には、地域の中で医療・福祉の体制を一体的に提供しようという「地域包括ケアシステム」の考え方が浸透してきたことがあるが、他にも次のような要因があると澤潟さんは指摘する。「医療技術の進歩によって、今まで家に帰れなかった人が、帰れるようになってきました。また、『自分はリハビリテーションを受けられない』と思っていた人が、受けられるようになってきました」。これまで以上に、さまざまな状況の人たちが、訪問リハビリテーションを受けるようになったという。

 一口に訪問リハビリテーションといっても、その目的は患者によって異なり、それぞれに対応を変える必要がある。「状態がよくなる疾患であれば、回復や社会参加を目的にします。高齢者などで、状態が安定している人であれば、その状態をなるべく維持・継続することが目的になります。あるいはALS(筋萎縮性側索硬化症)などの神経難病や終末期のがんなど進行形の病気の方が対象なのであれば、刻々と変化する病状に対して、患者の『生活の質』を高めることが目的になる。いずれにしても、訪問リハビリテーションで重要なのは、無目的に続けることなく、医師などと連携しながら、期間を定め、目標を設定すること。その前提となるのは、その人がその人らしくあるための『本当のニーズ』を拾い上げること。それは作業療法士の得意とするところです」。

 1度の訪問時間は、約40分。訪問頻度は、患者の状況によっても異なるが、週1回程度が標準だという。「医師や看護師とは違い、作業療法士についてはご存じない方が大半です。だから最初は『この人、誰?』とか『ああ、マッサージをしてくれる人ね』と思われていることもあります(笑)」と澤瀉さん。そこから、その人の生活のニーズを聞き出し、適切な支援を行うことで「その人らしい暮らし」を作っていく作業療法士本来の職能を発揮するためには、少しの時間とノウハウが必要だという。在宅総合ケアセンター元浅草で訪問リハビリテーションを担当している作業療法士・奈良恵美さんが、60代の女性のケースについて話してくれた。「『脊髄小脳変性症』という進行性の病気の方です。主婦として長年家事をやってきたのですが、病気の進行とともに、だんだんできることが少なくなってきました」。ある時奈良さんが「エアコンの掃除は、どうしていますか」と聞いたところ「夫には頼みづらくて、まだできていない」と言われた。クリーニング業者などに頼んでやってもらうことはできるかもしれないが、奈良さんはあえて本人が自分でエアコンの掃除をすることを提案し、一部の作業は奈良さんが介助し、できる作業を本人にしてもらった。
「家のことがどんどんできなくなってきているという負い目があったけど、自分でやることができて、とても嬉しかった」と、喜ばれたという。エアコンの話題が出たのは、奈良さんが、1年間の目標として「季節を感じていただける生活を支援していく」ことを掲げ、訪問先で季節の話題を出すように心がけていたからだ。「在宅で療養している人たちは、ともすると季節感のない生活を送っている人も少なくありません。暮らしにメリハリをつける意味でも、季節の話題を大切にしたいと思ったんです」。自宅で暮らしている人に「なにがしたいですか?」、「あなたのニーズはなんですか?」と聞いても、本当のニーズは出てこないだろう。その人の暮らしに寄り添うことで、はじめて分かることがある。

 一方、澤潟さんは、ある訪問先の利用者の「本当のニーズ」について悩んでいるという。「アルツハイマー型と並ぶ認知症の一種である『レビー小体型認知症』のある80代の男性なんですが、もう『起きたくない』とおっしゃるんです。日常生活の中で、自身が無理なく行える作業の提案、季節感を感じる活動や趣味に関連した活動の導入等を踏まえ、本人のやりたい活動を話し合ってきました」。しかし、少し前に転んでしまった経験があり、起きること自体が不快なのだという。以前はお店を営んでいた方だが、今では一日中ベッドに寝たきりの状態。「なんとか腰掛けてもらおうと、髪の毛が伸びた時に床屋さんに来てもらって、そのときは座った状態で切ってもらおうと約束しました」。結果、定期的に床屋さんが訪問したときにはベッドから起き上がり、座って切ってもらうようになったという。しかし澤潟さんは、「もう80歳を過ぎて、進行性の病気をお持ちで、起きたくない、という人に対して、励ましながらなんとか起きてもらう機会を作るのがいいのか、それとも望むとおり、このまま寝て暮らしていただくほうがその人にとっていいのか、悩んでいます」という。簡単には結論が出ない問題だ。

 難しさもあるが、訪問リハビリテーションは「ナマの目標を聞ける。それがあるから楽しい」のだと、澤潟さんは話してくれた。「きっかけを提供した時に、本人がなにかやりたいと気づいて、世界が広がっていくのを見ることが嬉しいんです」。本人の暮らしに寄り添い、本当の「やりたいこと」を一緒に探す。作業療法士による訪問リハビリテーションの醍醐味は、そこにあるのだろう。

■施設情報
医療法人社団 輝生会 在宅総合ケアセンター元浅草
〒111-0041
東京都台東区元浅草1-6-17
電話:03-5828-8031(代表)