私のスタートライン

まず、その人と話してごらん

私のスタートライン

千葉みなとリハビリテーション病院・永山智瑛さん
 千葉県千葉市にある千葉みなとリハビリテーション病院リハビリテーション科で作業療法士として働く永山智瑛さん。「人好きだけど、緊張しい」な永山さんが、リラックスして患者と向き合い、人と人との関係性を作ることができるようになったきっかけは、実習の時に担当の先生からかけられた言葉だったという。

千葉みなとリハビリテーション病院・永山智瑛さん

 出身は千葉ですが、中学生の時はバレーボールをするために大阪に滞在していました。全国大会にも何度か出場したことがあります。周囲は大学、あるいは実業団でバレーボールを続けるものだと思っていたようですが、自分の中では高校を卒業したら辞めて、なにか仕事につきたいと考えていました。というのも、競技生活で腰を悪くしていて、このまま競技生活を送っても長続きしないのではないか、と考えていたからです。トレーナーなど、スポーツに関わる仕事を調べていたのですが、あまりピンときませんでした。以前、指を骨折した時に理学療法士さんのお仕事に触れる経験があったので、リハビリテーション職はどうかな、と思って調べはじめたのが高校2年生のときです。理学療法士についてインターネットなどで情報を集めはじめたのですが、調べているうちに作業療法士という職種があることを知りました。着替えや食事や仕事など、その人の「暮らし」を考えていること、またリハビリテーションもその人にあった、人それぞれのやり方でやるんだ、と知って、人と関わることが好きな自分としては作業療法士のほうが合っているんじゃないか、と思うようになりました。周囲はバレーボールのことしか頭にないお前がなんで、と反対しました。でも親は「やりたいようにやればいい」と言ってくれましたから、安心して作業療法士への道を進むことができました。

 小学・中学・高校生とバレーボールのことしか考えていなかったので、勉強は大変でした。理系も文系も関係なく、とにかくすべて分からなかった。最初は理解する、というより、とにかく覚える。体の部位も用語も、とにかく暗記することからはじめました。でも今にして思えば、何もわからないまっさらの状態でスタートしたので、変な苦手意識もなく、ただただ勉強することができたのかもしれませんね(笑)。

 私は「緊張しい」なので、臨床実習は大変でした。最初の臨床実習で担当したのは、若い男性で、変に意識してしまってカチカチになってしまったことを覚えています。患者さんの前に立つと「あれをしなきゃ、これをしなきゃ」と、すべきことを思い出すのに精一杯で。評価する項目が紙に書いてありそれを持って患者さんの話を聞くのですが、その紙から目も離さずに患者さんと話していたようです。それを見て臨床実習担当の先生から「紙はいいからそこに置いて、とにかくその人と話してごらん」と指導を受けました。まずは一人の人間として患者さんと向き合い、話をする。リハビリテーションもそこからはじまるんだ、ということを学びました。それから、天気でも、テレビ番組でも、どんな些細な話題でもいいから二言三言会話をして、それからはじめるようになって、少しずつリラックスできるようになりました。

 今は回復期病棟で、4~5人の患者さんを担当しています。脳卒中で麻痺が残ったり、あるいは高次脳機能障害になった方や、あるいは大腿骨骨折などを受傷した方が多いです。回復期を選んだのは、1人の患者さんと数ヶ月~半年という比較的長い単位の時間を使って、生活の場面に関わることがしたい、患者さんが自宅や仕事など生活の場面に戻っていくことを支えるお手伝いがしたいんです。実際にはまだまだ経験も浅く、勉強しなければならないことは山ほどありますが、関わった患者さんが退院する時に「ありがとう」と感謝の言葉をかけてくれた時は、自分も少しはお役に立てた、と誇らしい気持ちになりますね。

まず、その人と話してごらん

■施設情報
一般社団法人巨樹の会 千葉みなとリハビリテーション病院
〒260-0024 千葉県千葉市中央区中央港1-17-18
電話:043-245-1555(代表)