認知症の方への作業療法

「共感的な理解」には、認知症の方を笑顔にする力がある (4/4)

認知症の方とご家族の支援をしている作業療法士 松下太さん(森ノ宮医療大学)のインタビューの最終回です。
前の回はこちらからご覧ください。 1回目 2回目 3回目


4回目 最期までほほ笑んでもらうために必要なこと


人生の歩みを反対方向に進んでも「笑う力」は残っている

私は、一般の方を対象にした講演会で話をさせていただく機会があるのですが、認知症がどのように進行していくかを知っていただくために、いつもお話しすることがあります。
例えば、ある方が80歳で認知症になられたとすると、その時点で、人生の歩みの方向が反転するのです。それ以降は、80年かけて歩んできた道のりを反対方向に進み始め、数年から十数年の時間をかけてスタート地点に戻っていきます。まず70代で得たものが失われ、次に60代、50代、40代、30代で得たものが失われていきます。そして子どもに戻り、赤ちゃんのように歩けなくなり、最後はしゃべることもできなくなる。それでも、ニコッと笑う力は残っているんですね。認知症の方が寝たきりになって、最後にしゃべらなくなっても、笑うことができるはずです。これを実現できるように、少しでもサポートをしてきたいと考えています。


認知症の方は「誰も聞いてくれない」という状況にいる

認知症の方に、最期まで笑う力を発揮していただくためには、さまざまなサポートが必要です。その根底にあるのが、共感的な理解だと思います。
しかし現実では、認知症の方は、「自分たちの訴えを誰も聞いてくれない」という状況の中にいらっしゃることが多いと感じます。これは、共感的な理解とは逆の状態です。例えば、認知症の方が、日が暮れた頃に「家に帰りたい」と言ったとき、「今日は、ここに泊まってください」「ここが◯◯さんのおうちですよ」「晩ご飯を用意しているから、もう少しここにいてくださいね」と声がけすることがあります。認知症の方をサポートする側のパワーには限りがあるので、こうした対応はたしかに必要です。
一方、認知症の方の立場で考えてみると、その方は「家に帰りたい」という思いを聞いてほしいはずです。それなのに「ここに泊まってください」と言われたら、「誰も話を聞いてくれない」と思う方もいらっしゃるのではないかと思います。このような状態が続いたとしたら、笑顔になることは難しいでしょう。


ジャッジを止めると、新たな展開が始まる!

共感的な理解のためには、審判のようにジャッジをしたらダメだと思います。「家に帰りたい」と言っている認知症の方に、「ここに泊まってください」と伝えるのは、「家に帰ってはいけません」 と言っているのと同じです。言い換えると「あなたの言っていることは間違っている」 と言っているわけで、これはジャッジではないかと思うんです。
そうではなくて、まず、認知症の方の気持ちを受け止めるようにすることだと思います。「そうか、この方は家に帰りたいんだ」と。すると「どうして家に帰りたいんですか?」とか、「家に帰って何をしたいですか?」という問いかけが、自然と生まれてくる気がします。その問いかけに対して答えが返ってくれば、どのようなサポートが必要かを知るヒントになるかもしれません。また、たとえ答えが返ってこなかったとしても、認知症の方にとって「気持ちを聞いてもらった」という感覚は残るはずです。


「ハウツー」も必要だけど…

夕ご飯を食べ終わった認知症の方から「夕ご飯はまだか?」と聞かれた場合、「どのように説明すれば、納得してくれますか?」という疑問に答えるハウツーはたくさんあります。何度も同じことを聞かれるのは、介護をする側にとって、正直ストレスがたまることです。介護をされている方が、ご自身の心の健康を守るためにも、ハウツーが必要であることは否定しません。ただ、「認知症の方の思いを受け止める」という対応があることも知っていてほしいと思います。
夕ご飯を食べ終わった認知症の方が、「夕ご飯はまだか?」と言ったとき、「まだ食べてないの?それはつらいよね」と受け止めると、認知症の方の反応が変わる場合があります。例えば「私は食べていないよ。あなたは?」という感じで。それに対して「私は食べたよ。今日は、◯◯を食べた」という感じで普通に会話を続けていくと、「あっ、そうだ。さっき夕ご飯を食べたな」と思い出してくれる場合もあります。


「突拍子もない言動」には理由がある

認知症の方の発言は、健常な方にとっては、突拍子もない、わけのわからないこととして聞こえます。でも、認知症の方の立場に立つことができたら、違ってくるはずです。認知症の人は、数分前の記憶も失っている。それだけでなく、今自分がいる場所がどこなのか、よくわからなくなっている場合があります。目の前にいる人が、そのように不安定な状態にあることを理解できたら、認知症の方の言葉を少し受け止めやすくなるかもしれません。そのためにも、認知症という病気によって、どのような不都合や大変さが起こるのか、知っておくことが大切です。


積極的に「助け船」を求めよう

認知症の方を支えるご家族の方が心の余裕を失うと、認知症の方の気持ちを受け止めることが難しくなります。まず、ご自身のことを大切にしていただきたいと思います。そのためにも、早期から周りに助け船を求めていくとよいでしょう。介護保険を始めとした社会の制度を有効に使い、自分一人で抱え込まない。時には、割り切って施設を利用されて、ご自身の心のケアに時間を使うようにしていただきたいと思います。


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