認知症の方への作業療法

「共感的な理解」には、認知症の方を笑顔にする力がある (2/4)

認知症の方とご家族の支援をしている作業療法士 松下太さん(森ノ宮医療大学)のインタビューの2回目です。
「共感的な理解」で気持ちを通わせること、認知症の方に役割を担ってもらうことの大切さについてのお話です。


2回目 「共感的な理解」には心に訴えかける力がある


怒りが収まったのは、「共感的な理解」で話を聞いたから

共感的な理解の大切さを、私自身実感したケースがあります。それは、一人暮らしをされているAさんの事例です。
Aさんは、通帳とハンコを持たずに郵便局でお金を引き出そうとしました。職員の方が「通帳とハンコがないと、お金を引き出せません」と伝えたところ、Aさんは「私の金なのに、なぜだ!」と怒り出しました。職員の方は、落ち着いてもらうように対応したのですが、Aさんの怒りは収まりません。困り果てた職員の方が役所に連絡を入れ、「認知症初期集中支援チーム(以降「支援チーム」と略)」に対応の要請が入ったのです。
当時、支援チームに在籍していた私は、ほかのスタッフと一緒に郵便局に向かいました。郵便局に到着したとき、Aさんの怒りはまだ収まっていませんでした。私は「お金を引き出せないと、困ってしまいますよね」と少しでも共感的な対応を心がけつつ、できるだけAさんの話を聞くようにしました。Aさんが少し落ち着いてきたところで、「通帳とハンコは、どうされたのですか?」と聞くと、「探しても見つからない」とAさん。そこで「一緒に探せば見つかるかもしれません。ご自宅に伺ってもいいですか」と伝え、なんとかご自宅に向かうことができました。


認知症の方の心に、訴えかけることはできる

Aさんのご自宅に到着すると、ゴミが玄関まであふれている状態です。当然のことながら、通帳や印鑑は見当たりません。仕方がないので、その足でAさんと一緒に印鑑を購入、紛失届の手続きをして、新たな通帳を作りました。
ところがその数日後、Aさんは、今度は役所に怒鳴り込んでしまったのです。連絡を受けた私は、まずはAさんとの間に信頼関係を築くことが必要だと考え、ご自宅に足しげく通うことにしました。ご自宅を訪問すると「金を取りに来たのか!」と、すごい剣幕で怒っています。それでも、共感的な理解を心がけながらAさんのお話を聞いているうちに、少しずつ怒りが静まっていきました。
ところが、次の日に訪問すると、Aさんは私の顔も名前もすっかり忘れていて、「金を取りに来たのか!」と怒り出します。こうした訪問を毎日繰り返しているうちに、Aさんが怒っている時間は短くなり、私たちに対して「会ったことがある人なのかも」というそぶりを見せてくれるようになりました。記憶には残っていないけれど、情動的な部分で感じてくれているのだと思います。そして、私たちのことを信頼してくれたのか、Aさんは、提案を受け入れてくれるようになりました。最終的にはヘルパーさんが入れるようになり、家の片づけも進み、なんとか普通の生活ができる状態になったのです。
たとえ記憶の障害が進んでいても、共感的な理解を心がけて接するうちに、認知症の方は心を開いてくれる。認知症の方の心に訴えることは可能なのだと実感したできごとでした。

image



認知症の方にも「役割」を担ってもらおう ー 役割を奪わないために必要な2つの視点とは? ー

最近、特に大事だと思っているのは、「認知症の方から役割を奪わないこと」です。逆に役割を奪ってしまうと、認知症の進行が早くなる可能性があります。それにも関わらず、実際にサポートさせていただくケースでは、認知症の方に何もさせなくなってしまっていることがあります。
認知症の方は、何もできなくなってしまうわけではなく、できることはたくさんあります。その「できること」に目を向けて、その人がもっている力を発揮できる場面を大事にする。具体的には、「できることはないか?」「工夫すれば、できるようになるのでは?」という視点をもっていただくとよいと思います。
認知症の方に役割を担ってもらうことの目的は、認知症の進行スピードを抑えることだけではありません。人が人として生きていく上で、役割を担うことは、とても重要なことなのです。そういう意味でも、「できることはないか?」「工夫すれば、できるようになるのでは?」という視点を大切にしていただければと思います。


仕事一筋で無趣味でも「できること」は見つかる

「その方のできることに目を向けましょう」というお話をすると、「できることが思い当たりません」という反応があることがあります。そんなときにお伝えしているのは、「これまでされてきた仕事や趣味などを生かしたらどうでしょうか」ということです。
例えば主婦業は立派な仕事の一つです。これまで主婦業をされてきた方は、「できるだけ主婦を続けていただけるよう、サポートできる方法を一緒に考えていきましょう」とお伝えします。主婦として家庭の中でたくさんの役割を果たされてきたわけですから、その方の状態に合わせて、「できること」や「工夫すればできること」を見つけていくとよいと思います。
仕事一筋の人生を送られ、ほとんど趣味がない方の場合、「できること」を見つけるのが難しいことがあります。このような場合にヒントになるのは、「今まで、その方がまったく経験したことがないことでも、実際にその場に行くと、興味を示されることがある」という事実です。ポイントは現場に足を運び、そのことが行われている様子を見てもらい、その場の雰囲気を肌で感じてもらうことです。一方、いくら「◯◯をしてみませんか? 楽しいですよ」と言葉で誘ってみても、特に男性は頑固な方が多く、「私は、そんなことはやらん」と拒否されてしまうことが多いようです。


大切なのは「諦めないこと」と「レッテルを貼らないこと」

例えば、Bさんは囲碁や将棋をしたことがありませんでした。息子さんたちも「自分の親が、囲碁や将棋をやるとは思えない」とおっしゃっていました。
ところがBさんを、囲碁をしている場所に連れて行ったところ、すごく興味をもたれ、その後、熱心に対局されるようになりました。
「細かい手作業は苦手で、若い頃から一切したことがないんです」とおっしゃっていたCさんに、簡単な手芸に挑戦してもらったところ、一生懸命取り組まれ、その様子を見ていたご家族も驚かれていました。
このようなケースとは逆に、大工をされていたDさんに木工作業を勧めたところ、「絶対に嫌だ」という反応が返ってきました。理由を聞いてみると、「昔のように、うまくできないから」ということでした。
このように、その方の生活歴が生かせる場合と、生活歴からは想像できないことに興味をもたれる場合があります。ご家族の方が諦めないこと、また、「お父さんは◯◯を絶対にやらない」とレッテルを貼らないことが大事だと思います。


「頼ること」の効用とは?

ほかにも、「頼ること」が効果的な場合もあります。例えば、庭の手入れをお願いするときに、「私は下手だけど、お父さんは上手だから。上手なところを見せてほしいな」という感じで、お願いするとよいでしょう。また、「私は戦争の時代をよく知らない。ちょっと教えてくれないかな?」という感じでお願いすると、特に男性の場合、「そうか、だったら教えてやろう」という感じになるかもしれません。
初期の認知症の方の場合、ある程度、ご自身の状態を自覚されていることが多いと思われます。そのため、物忘れがひどくなり、失敗も増えている自分の状態に、自尊心が傷ついている可能性も高いのです。そういう意味でも、ご本人が「自分は頼られている」と思える状態をつくることは、「役割を奪わない」という面で有効なだけでなく、自尊心を少し取り戻せる機会にもなるのです。

次回は8月6日に公開します

  2