OTのスゴ技(作業療法士)

筋電義手が、「人生の可能性」を広げる

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 四肢が欠損している人たちの暮らしを支援するツールとして、いわゆる「義手・義足」がある。「筋電電動義手(筋電義手)」とは聞き慣れない言葉だが、「義手・義足」の一種で、細かい動きができ、使用する人の意志を反映させやすいと、注目を集めている。この「筋電義手」に15年近く関わっている作業療法士がいると聞いて、兵庫県・神戸市西区を訪ねた。

筋電義手が、「人生の可能性」を広げる

 リハビリテーション室の一角で、アンパンマンのおもちゃで遊んでいる女の子がいる。そのかたわらには作業療法士。それを少し遠くから母親が見守っている。「じゃあこんどはアンパンマンを掴んで、この穴の中に入れてみようか」と作業療法士。「がんばって」とはげます母親。やや不安そうに、慎重な手つきでアンマンパンの顔が描かれたボールを掴み、遊具の穴の中に入れる。ボールはコロコロと転がって、出口から出てきた。女の子の顔が、ぱあっと明るくなる。なんでもない遊びの風景に見えるかもしれない。でもよく見てみると、女の子がボールを掴んだ手が、精巧に作られた義手であること、また女の子の両手にも両足にも指がないことに気がつくだろう。

 この女の子が使っているのは「筋電義手」。筋肉を動かそうとする時に生じる微弱な電気を読み取ることで、指を動かすことができる。細かい動きができること、指を広げた状態を長時間保持することが可能なことなどで、一般的に使われている「能動義肢」にはしにくい動作や作業を可能にすると、多くの義肢ユーザーから期待されている。兵庫県立リハビリテーション中央病院は、日本国内でも数少ない筋電義手のリハビリテーションを行う病院であり、作業療法士の柴田八衣子さんは、筋電義手のリハビリテーションの達人だ。

筋電義手が、「人生の可能性」を広げる

筋電義手(上)と能動義手(下)

 柴田さんと筋電義手との出会いは、もう15年ほど前に遡る。「当時海外では筋電義手が使われ始めていたのですが、日本では『重い』『操作が難しい』『すぐに壊れる』と、なかなか普及が進まなかったんです。そうした日本での筋電義手に対する評価に『ホントかな』と疑問を持っていました」。病院内で筋電義手の可能性を検討するプロジェクトチームが立ち上がり、手足に障害がある当事者にも筋電義手を使ってもらったりしながら調べたところ、筋電義手のニーズは高いということがわかってきた。「それまでは、使う人の生活の実態を把握せず、基本的な練習が中心で,どのように生活で使うかの練習が不十分だったため十分に活用できず、『必要ない』とか『重い』という評価につながっていたんです」。筋電義手を使う人の暮らしに向き合い、本当に必要な場面で、必要な使い方を提案できれば、日本に筋電義手が普及する余地はある。兵庫県立リハビリテーション中央病院では「筋電義手アプローチプロジェクト」を作り、普及の旗振り役となった。さらに2000年代に入って柴田さんが取り組みはじめたのが、子どもに筋電義手を使ってもらうことだった。

筋電義手が、「人生の可能性」を広げる

 子どもの頃から筋電義手の使い方を覚えておくことで、その後の人生の選択肢が広がる、と柴田さんは言う。「私たちは、すべての人、すべての状況に対して筋電義手を進めているわけではありません。場面に合わせて、装飾義手、能動義手、そして筋電義手を使い分けていくケースが一般的です。普通に暮らす分には、能動義手だけで十分、という人も少なくありません。それでも、筋電義手にしかできないことがある。筋電義手の使い方を知っておくことは、後の人生の選択肢を広げることにつながると思うんです」。たとえば、片腕が欠損している人で、子どもの頃に筋電義手の使い方を覚えたが、中学校に上がった頃から、能動義手だけで暮らせると、筋電義手を返納した人がいたという。しかしその人は、大学を卒業する時に「看護師になりたい」と、筋電義手をもう一度使いたいと、柴田さんを訪ねてきた。注射や採血などの際に必要な動作が、片手ではどうしても難しいのだという。そんなときも、一度筋電義手の扱い方を知っておけば、再度使えるようになるのは、比較的簡単だという。

 いま筋電義手を使っておもちゃで遊んでいることが、その子の将来の可能性をどれだけ広げるのか。柴田さんは、子どもの未来を考えながら作業療法を提供している。

■施設情報
社会福祉法人 兵庫県社会福祉事業団 兵庫県立リハビリテーション中央病院
〒651-2181 兵庫県神戸市西区曙町1070
電話:078-927-2727(代表)