祝 叙勲 中村春基先生が「旭日小綬章」を受章

令和8年春の叙勲で、一般社団法人日本作業療法士協会元会長の中村春基先生(会員番号548)が保健衛生功労により「旭日小綬章」を受章されました。本会の役員・会長、第16回世界作業療法士連盟(WFOT)大会長、第48回日本作業療法学会長等を歴任され、作業療法士という職能に対する功績が高く評価されての受章です。作業療法士団体としては8人目の叙勲であり、たいへん名誉なこととして会員の皆様と喜びを分かち合い、お祝いしたくご報告申し上げます。なお、本受章につきましては3月13日に内示があり、4月21日の閣議決定を経て、4月29日付で発令・発表。5月20日に叙勲伝達式、皇居での拝謁が執り行われました。

感謝、感謝と私の思い 中村 春樹

5月13日、春の叙勲で旭日小綬章を授章いたしました中村春基です。このような場をいただき恐縮しておりますが、皆様への感謝と協会活動への想いを述べさせていただきます。 

作業療法歴50年目、協会員歴48年、協会理事歴38年のうち副会長6年、会長14年(専従会長8年)日本作業療法士協会(以下、協会)の存在なくして私の人生は語れません。

会長任期中、新定義の制定、WFOT横浜大会、50周年記念事業、チーム医療検討での作業療法における作業の見直し、作業療法5ヵ年戦略に基づく協会運営、事務局機能の充実、会長の専従化、MTDLPの開発・普及等、さまざまなエピソードがありますが、すべてにおいて、会員、協会・都道府県作業療法士会役員、事務局、関係団体、賛助会員様のご支援あってこその取り組みでした。改めまして衷心より感謝申し上げます。

MTDLPにつきましてはご承知の通りですが、協会・士会総力での取り組みが国を動かし、介護保険制度、教育カリキュラム、国家試験範囲に明記され運用されています。これは協会・士会で勝ち取った貴重な財産です。後は診療報酬での位置づけと一般市民への啓発です。引き続き取り組んで参りましょう。

課題としましては、立法府への参画です。介護保険制度の訪問看護ステーションでの看護職とセラピストの人員配置比率の問題では、政治家の協力を得て関係局長との折衝の下、現在の制度に落ち着いておりおります(もし提案通りに改定されたら、多くの作業療法士が職場を失う事態に追い込まれていたと思います)。このような戦術を好まない会員も多いと思いますが政治家等への渉外活動も重要です。また、近い将来、協会員から国会議員が輩出されることを期待します。

最後に、千里リハビリテーション病院に勤務し4年目、空き地であった、25m×5mの空間を、パター場と試打用ケージを備えたゴルフ練習場に整備し、その脇には、この4月に畑をつくり、現在、小玉スイカ、ピーマン、ナス、オクラが実って、作業療法の環境として活用されています。また、ウッドデッキでは四季折々の花が咲き、多くの患者さんに部屋からでる動機づけと癒しを提供しています。患者さんからは、私は「ゴルフと園芸の先生」と呼ばれています。「気づき」と「根拠に基づく作業療法」の実践。作業療法は実に面白いと心から感じています。引き続きのご指導、ご鞭撻を賜れますれば幸いです。皆様の健康と幸福、そして、協会の益々の発展を祈念しております。

 

 

日本作業療法士協会の役員および会長としての功績

中村先生は、1977年に作業療法士免許を取得し、1978年に本会に入会。以来、正会員歴は47年に及びます(2025年からは名誉会員)。この間、1985年から2023年まで役員を歴任されました。特に2009年6月から2023年5月までの14年間は第5代会長(代表理事)を務めて大いにリーダーシップを発揮されました。

中村先生の主な功績を時系列に挙げると、まず東日本大震災被災者への支援活動があります。本会初となる組織的な災害支援活動を展開し、延べ177名の作業療法士をボランティアとして現地に派遣。被災者の生活支援、被災県の作業療法士会や会員へのサポート活動の陣頭指揮を執りました(この功績に対して2013年には厚生労働大臣より感謝状を受けています)。また、この経験を踏まえて事務局組織内に災害対策室を設置するに至りました。

続く2012年に、公益法人制度改革に応えて非営利一般社団法人への移行および代議員制の導入を果たし、本会の法人組織としての基礎を盤石にしました。また、翌年には第二次作業療法5ヵ年戦略(2013-2017)を策定し、地域包括ケアシステムに寄与する作業療法士の体制づくりに着手。これを皮切りに、第三次5ヵ年戦略(2018-2022)、現行の第四次5ヵ年戦略(2023-2027)まで、3次にわたる事業計画策定を主導されました。

2013年には、本会としての「作業療法の定義」の改定を進めました。時代に合わせて多様化する作業療法実践を反映した定義にアップデートすべく、5年間の検討を経て新たな定義に結実しました(「作業療法の定義」全文は協会ホームページ>協会について>作業療法の定義を参照)。

2014年に横浜市で開催された第16回世界作業療法士連盟(WFOT)大会では大会長を務められました。初のアジア開催となった同大会では、開会式に天皇皇后(現・上皇上皇后)両陛下のご臨席を賜り、国内外から数多くの作業療法士、一般市民・ボランティアが参加。国内外に日本の作業療法士の学術および実践レベルの高さをアピールする画期的な機会となりました。

紙幅の都合により割愛しますが、中村先生はほかにも多くの功績を残されています。それらの集大成として、2024年、札幌市で開催された第8回アジア太平洋作業療法学会(APOTC2024)において「アジア太平洋作業療法地域グループ佐藤剛記念アワード」を日本人として初めて受賞。その記念講演においても自身の歩みと思想を力強く語り、国内外の作業療法士に深い感銘を与えました。

 

 

臨床家としての功績

中村先生は、社会福祉法人兵庫県社会福祉事業団玉津福祉センター(兵庫県玉津福祉センターリハビリテーションセンター附属中央病院)で臨床家としての第一歩を踏み出し、特に頸髄損傷者、上肢切断者、脳血管障害者、慢性関節リウマチ患者に対する作業療法において多くの経験を積み重ねました。加えて、自助具や福祉機器の開発・導入にも早くから取り組み、1980年代には本邦初の頸髄損傷者のための環境制御装置の開発にも関与。また、脳血管障害者の退院後の生活調査にも取り組み、医療機関から地域生活への橋渡し重視した先駆的な活動を展開しました。

国立療養所近畿中央病院附属リハビリテーション学院にて教鞭を執られた後、再び臨床に復帰してからは上肢切断者リハビリテーションの分野で指導的な役割を果たしました。特に筋電電動義手の普及に当たっての問題点と対策に関する研究では、全国に先駆けて前腕切断者に対する筋電義手訓練の体制を構築し、先天性上肢欠損児への支援体制も整備して、年齢や障害の種類を問わず包括的な支援体制の構築にも寄与しました。これらの長年にわたる臨床実践を背景に、「利用者のニーズを中心とした義手の研究開発と臨床プログラムへの取り組み」が高く評価され、2002年、日本義肢装具学会より飯田賞奨励賞を受賞しました。

2012~2015年には兵庫県立リハビリテーション中央病院ロボットリハビリテーションセンターにて、介護ロボットによるリハビリテーションについての研鑽を積まれました。この経験から、厚生労働省「介護ロボットのニーズ・シーズ連携協調協議会全国設置・運営事業」の受託につながりました。

さらに、自身の作業療法士としての臨床実践と並行して、在籍した各病院において常に後進の臨床教育に尽力し、実地において数多くの有能な作業療法士を育成されてきました